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	<title>抜き書き &#187; 心・生きること</title>
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	<description>読んだ本の抜き書き</description>
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		<title>和田秀樹著『人生の軌道修正』新潮新書</title>
		<link>http://books.hapicky.com/archives/93</link>
		<comments>http://books.hapicky.com/archives/93#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 07 Jun 2009 07:39:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hapicky</dc:creator>
				<category><![CDATA[心・生きること]]></category>
		<category><![CDATA[和田秀樹]]></category>

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		<description><![CDATA[
読んだのはだいぶ前ですが。
p.145
たしかに、いまはどんな情報でもインターネットで検索できますが、膨大な情報の中から自分が求める情報に効率的にたどりつくためには、検索エンジンにどのような単語を入力すべきかという知識が必要です。玉石混交のネット情報を読み解き、信憑性の高いものを選び出す能力も要求されます。これも知識がなければできることではありません。
p.197
生真面目な人というのは、10の約束をしたら9は守らないといけないと考えます。しかし人間というのは、自分に関しては欠点をみるけれど、相手をみる時には意外にいいところをみる生き物なのです。つまり、10の約束のうち1つか2つでも守ってくれただけで、人は相手を信用できる。世の中には、相手はいいようにとってくれているにもかかわらず、自分ではまだまだと思ってしまう人が多い気がします。
p.205
実は、私がいちばん心に悪いと思っているのは、決めつけです。人の心も世の中も変わっていくのに、決めつけを人間はついやってしまうから、うまく適応できなくなるし、よけいな心配や不安が生じてしまうのです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=hapicky-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=4106103109&#038;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;m=amazon&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
<p>読んだのはだいぶ前ですが。</p>
<p>p.145</p>
<blockquote><p>たしかに、いまはどんな情報でもインターネットで検索できますが、膨大な情報の中から自分が求める情報に効率的にたどりつくためには、検索エンジンにどのような単語を入力すべきかという知識が必要です。玉石混交のネット情報を読み解き、信憑性の高いものを選び出す能力も要求されます。これも知識がなければできることではありません。</p></blockquote>
<p>p.197</p>
<blockquote><p>生真面目な人というのは、10の約束をしたら9は守らないといけないと考えます。しかし人間というのは、自分に関しては欠点をみるけれど、相手をみる時には意外にいいところをみる生き物なのです。つまり、10の約束のうち1つか2つでも守ってくれただけで、人は相手を信用できる。世の中には、相手はいいようにとってくれているにもかかわらず、自分ではまだまだと思ってしまう人が多い気がします。</p></blockquote>
<p>p.205</p>
<blockquote><p>実は、私がいちばん心に悪いと思っているのは、決めつけです。人の心も世の中も変わっていくのに、決めつけを人間はついやってしまうから、うまく適応できなくなるし、よけいな心配や不安が生じてしまうのです。</p></blockquote>
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		</item>
		<item>
		<title>齋藤孝著『退屈力』文春新書</title>
		<link>http://books.hapicky.com/archives/42</link>
		<comments>http://books.hapicky.com/archives/42#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 26 Sep 2008 10:50:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hapicky</dc:creator>
				<category><![CDATA[心・生きること]]></category>
		<category><![CDATA[教育]]></category>
		<category><![CDATA[齋藤孝]]></category>

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		<description><![CDATA[
p.11
消費者は、欲望を常に刺激され続け、自分が買いたいのか買いたくないのかよくわからないうちに消費を続ける。自分の気持ちで買い物をしているつもりでも、じつは自分の欲望そのものが、外からの刺激でコントロールされている状態に陥ってしまっているのだ。
p.15
必要があって、あるいは好きで情報を得ている限り、自分が主導者であり、主体は自分の側に存在する。必要な情報を得るためにインターネット、携帯電話を操作する—これは情報に対して、人間が優位に立っている状態だ。しかし、それがアウト・オブ・コントロールの状態、すなわち情報のほうが優位に立って人間を浸食する状況が現在進行している。
p.21
できるだけ主体的な努力をしないで、安直に刺激を得る方法、それが薬物なのである。逆に言うと、人間はそういう意味では、脳の快感に非常に弱いということを示している。
p.71
明らかに退屈に感じることを我慢するのが「退屈力」なのではない。傍から見れば退屈に見えるようなことの中に、当人が退屈を感じずに喜びを見いだしていく力、それが「退屈力」である。
p.72
最初退屈だったものの中に、自分から意味を見いだして、それを楽しんでしまうということが起こると、それはもはや退屈ではなくなる。そこに、外からすごい刺激が与えられているわけではないというのがポイントだ。だから、「退屈力」とは、新たな外部からの刺激を必要としないあり方。強い刺激を次々に大量に浴びなくても、少しの刺激でも長く楽しめるということなのである。
p.103
「多少とも単調な生活に耐える能力は、幼年時代に獲得されるべきものである。この点で、現代の親たちは大いに責任がある。彼らは子供たちに、ショーだの、おいしい食物だのといった消極的な娯楽をたくさん与えすぎている。」
（バートランド・ラッセル）
p.104
「幼年時代の喜びは、主として、子供が多少の努力と創意工夫によって、自分の環境から引き出すようなものでなければならない。」
（同上）
p.105
「ある少年が娯楽と浪費の生活を送っている場合は、建設的な目的が彼の精神の中で芽生えるのは容易ではない。なぜなら、そういう場合は、考えがつねに次の快楽に向いていて、遠いかなたにある達成に向かわないからだ。」
（同上）
p.153
「なまじ知識があると生の感動が邪魔される」といったもっともらしい言葉を聞くことがある。しかし、私の意見は逆だ。知識があるからこそ感動が生まれるものが圧倒的に多い。本当の価値、すごさ、有難みは、勉強をし、深くその世界を知るほどに増してくる。感動と勉強を対立させて、勉強不要を唱える無責任な論に私は怒りを感じる。
p.164
現在は、なかなか我慢をしきれなくて、最終的な成果のところだけを手に入れたいという人が非常に増えてきた。努力しないで面白くやって、そで結果だけつかむことはできないかと発想する人が増えている。しかしそれでは、退屈さや、ある種のトラブル、困難に立ち向かう心の構えができない。困難に向き合う心が鍛えられないのである。
p.168
人というのは、易しくて、わかりやすい入門的なものから始めて、中ぐらいのレヴェルのものに接し、最後に最高レヴェルのものへ達しようと考えがちだ。
（中略）
もちろんある程度段階を踏む必要はある。しかし、芸術的完成やものの価値を見抜く眼力は、最高のものによって磨かれるとゲーテは言う。いくら中級品に接していても、能力や感性は磨かれない、最高レヴェルのものに接することによてのみ、それは磨かれるのだと。
p.212
一見に退屈に思える作業の果てにつかんだ知的感動は、私にとって人生を支える力となった。「退屈力」は、「つまらないことでもガマンしてやれ」ということではない。「地味な作業を積み重ねることで技をつかめ、本物の感動を手にしろ」ということだ。
最近私が考えていることに通ずる部分が多い著作でした。
著者も指摘しているように、テレビ、ゲーム、インターネットなど、私たちを四六時中刺激してくる媒体で社会はありふれているわけですが、よっぽど気をつけないと自分がとる行動がどんどんとこれらへの「反応」ばかりになってしまう。自分が何を欲しているのか、どう考えているのか踏まえたうえでの行動がどんどんと減っていってしまいそうです。
そういう状況の中、

「反応」ではなく、自分自身で考えたうえでの行動をとっていきたい。
やはり主体的に物事を考えている人を仲間としたい。
社会の中で行動するにあたり、主体的に行動している人を応援するようなことをしていきたい。

なんてことを考えています。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=hapicky-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=416660628X&#038;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;m=amazon&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
<p>p.11<br />
<blockquote>消費者は、欲望を常に刺激され続け、自分が買いたいのか買いたくないのかよくわからないうちに消費を続ける。自分の気持ちで買い物をしているつもりでも、じつは自分の欲望そのものが、外からの刺激でコントロールされている状態に陥ってしまっているのだ。</p></blockquote>
<p>p.15<br />
<blockquote>必要があって、あるいは好きで情報を得ている限り、自分が主導者であり、主体は自分の側に存在する。必要な情報を得るためにインターネット、携帯電話を操作する—これは情報に対して、人間が優位に立っている状態だ。しかし、それがアウト・オブ・コントロールの状態、すなわち情報のほうが優位に立って人間を浸食する状況が現在進行している。</p></blockquote>
<p>p.21<br />
<blockquote>できるだけ主体的な努力をしないで、安直に刺激を得る方法、それが薬物なのである。逆に言うと、人間はそういう意味では、脳の快感に非常に弱いということを示している。</p></blockquote>
<p>p.71<br />
<blockquote>明らかに退屈に感じることを我慢するのが「退屈力」なのではない。傍から見れば退屈に見えるようなことの中に、当人が退屈を感じずに喜びを見いだしていく力、それが「退屈力」である。</p></blockquote>
<p>p.72<br />
<blockquote>最初退屈だったものの中に、自分から意味を見いだして、それを楽しんでしまうということが起こると、それはもはや退屈ではなくなる。そこに、外からすごい刺激が与えられているわけではないというのがポイントだ。だから、「退屈力」とは、新たな外部からの刺激を必要としないあり方。強い刺激を次々に大量に浴びなくても、少しの刺激でも長く楽しめるということなのである。</p></blockquote>
<p>p.103<br />
<blockquote>「多少とも単調な生活に耐える能力は、幼年時代に獲得されるべきものである。この点で、現代の親たちは大いに責任がある。彼らは子供たちに、ショーだの、おいしい食物だのといった消極的な娯楽をたくさん与えすぎている。」<br />
（バートランド・ラッセル）</p></blockquote>
<p>p.104<br />
<blockquote>「幼年時代の喜びは、主として、子供が多少の努力と創意工夫によって、自分の環境から引き出すようなものでなければならない。」<br />
（同上）</p></blockquote>
<p>p.105<br />
<blockquote>「ある少年が娯楽と浪費の生活を送っている場合は、建設的な目的が彼の精神の中で芽生えるのは容易ではない。なぜなら、そういう場合は、考えがつねに次の快楽に向いていて、遠いかなたにある達成に向かわないからだ。」<br />
（同上）</p></blockquote>
<p>p.153<br />
<blockquote>「なまじ知識があると生の感動が邪魔される」といったもっともらしい言葉を聞くことがある。しかし、私の意見は逆だ。知識があるからこそ感動が生まれるものが圧倒的に多い。本当の価値、すごさ、有難みは、勉強をし、深くその世界を知るほどに増してくる。感動と勉強を対立させて、勉強不要を唱える無責任な論に私は怒りを感じる。</p></blockquote>
<p>p.164<br />
<blockquote>現在は、なかなか我慢をしきれなくて、最終的な成果のところだけを手に入れたいという人が非常に増えてきた。努力しないで面白くやって、そで結果だけつかむことはできないかと発想する人が増えている。しかしそれでは、退屈さや、ある種のトラブル、困難に立ち向かう心の構えができない。困難に向き合う心が鍛えられないのである。</p></blockquote>
<p>p.168<br />
<blockquote>人というのは、易しくて、わかりやすい入門的なものから始めて、中ぐらいのレヴェルのものに接し、最後に最高レヴェルのものへ達しようと考えがちだ。<br />
（中略）<br />
もちろんある程度段階を踏む必要はある。しかし、芸術的完成やものの価値を見抜く眼力は、最高のものによって磨かれるとゲーテは言う。いくら中級品に接していても、能力や感性は磨かれない、最高レヴェルのものに接することによてのみ、それは磨かれるのだと。</p></blockquote>
<p>p.212<br />
<blockquote>一見に退屈に思える作業の果てにつかんだ知的感動は、私にとって人生を支える力となった。「退屈力」は、「つまらないことでもガマンしてやれ」ということではない。「地味な作業を積み重ねることで技をつかめ、本物の感動を手にしろ」ということだ。</p></blockquote>
<p>最近私が考えていることに通ずる部分が多い著作でした。<br />
著者も指摘しているように、テレビ、ゲーム、インターネットなど、私たちを四六時中刺激してくる媒体で社会はありふれているわけですが、よっぽど気をつけないと自分がとる行動がどんどんとこれらへの「反応」ばかりになってしまう。自分が何を欲しているのか、どう考えているのか踏まえたうえでの行動がどんどんと減っていってしまいそうです。</p>
<p>そういう状況の中、</p>
<ul>
<li>「反応」ではなく、自分自身で考えたうえでの行動をとっていきたい。</li>
<li>やはり主体的に物事を考えている人を仲間としたい。</li>
<li>社会の中で行動するにあたり、主体的に行動している人を応援するようなことをしていきたい。</li>
</ul>
<p>なんてことを考えています。</p>
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		<item>
		<title>ダライ・ラマ14世＆L. V. D. ムイゼンバーグ著『ダライ・ラマのビジネス入門』マガジンハウス</title>
		<link>http://books.hapicky.com/archives/30</link>
		<comments>http://books.hapicky.com/archives/30#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 11 Aug 2008 13:58:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hapicky</dc:creator>
				<category><![CDATA[心・生きること]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://books.hapicky.com/?p=30</guid>
		<description><![CDATA[
p.27
意思決定プロセスの最終段階ではつねに、「この決定による影響は組織やその他の関係者にとって有益だろうか？私の動機は何だろう？自分の利益だけを追い求めていないだろうか、他人の利益も考慮しているだろうか？」と自分に問いかけよう。
p.40
仏教の教えでは、人間とは、これまで積み重ねてきたあらゆる行いの集合体です。善い行いは善い人間をつくり、悪い行いは悪い人間をつくります。悪行の影響は、その後になされた善行によって軽減されます。これが〈カルマの法則〉です。
p.46
自分を疑うのは時間の無駄です。問題の解決には役に立たないのですから。自己不信と戦うには、リーダーは〈縁起〉の概念を日常的に実践しなければなりません。つまり、すべての要素を考慮に入れることで賢い選択をするということです。意志決定をする立場にある人が広い視野で考えるようになると、自分の行動の正しさを感じられるようになり、自信が芽生えてきます。
p.70
ブッダは、道徳にかなった指示には従うべきだが、「不健全」な命令は無視するようにと説かれました。教師の教えに懐疑的であることの重要性を指摘なさったのです。師の中でもその最もたるものであるブッダは、弟子に言われました。
「人々が黄金の純度を測るために火に投じ、削り取り、試金石で調べるように、あなたも私への敬意から私の教えを信じるのではなく、私の言葉が正しいかどうかを徹底的に検証してから受け入れなければならない」
p.98
人生の目的は何かと聞かれて、はっきりとした答えをもっている人はほとんどいませんーもちたいという人は多いのですが。この質問に対するわたしの答えはとても単純です。人生の目的とは、しあわせになることです。そして、目的を共有すること、つまりともにしあわせを望むことが、人が組織への帰属感をもつための必須の条件です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=hapicky-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=4838718934&#038;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;m=amazon&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
<p>p.27<br />
<blockquote>意思決定プロセスの最終段階ではつねに、「この決定による影響は組織やその他の関係者にとって有益だろうか？私の動機は何だろう？自分の利益だけを追い求めていないだろうか、他人の利益も考慮しているだろうか？」と自分に問いかけよう。</p></blockquote>
<p>p.40<br />
<blockquote>仏教の教えでは、人間とは、これまで積み重ねてきたあらゆる行いの集合体です。善い行いは善い人間をつくり、悪い行いは悪い人間をつくります。悪行の影響は、その後になされた善行によって軽減されます。これが〈カルマの法則〉です。</p></blockquote>
<p>p.46<br />
<blockquote>自分を疑うのは時間の無駄です。問題の解決には役に立たないのですから。自己不信と戦うには、リーダーは〈縁起〉の概念を日常的に実践しなければなりません。つまり、すべての要素を考慮に入れることで賢い選択をするということです。意志決定をする立場にある人が広い視野で考えるようになると、自分の行動の正しさを感じられるようになり、自信が芽生えてきます。</p></blockquote>
<p>p.70<br />
<blockquote>ブッダは、道徳にかなった指示には従うべきだが、「不健全」な命令は無視するようにと説かれました。教師の教えに懐疑的であることの重要性を指摘なさったのです。師の中でもその最もたるものであるブッダは、弟子に言われました。<br />
「人々が黄金の純度を測るために火に投じ、削り取り、試金石で調べるように、あなたも私への敬意から私の教えを信じるのではなく、私の言葉が正しいかどうかを徹底的に検証してから受け入れなければならない」</p></blockquote>
<p>p.98<br />
<blockquote>人生の目的は何かと聞かれて、はっきりとした答えをもっている人はほとんどいませんーもちたいという人は多いのですが。この質問に対するわたしの答えはとても単純です。人生の目的とは、しあわせになることです。そして、目的を共有すること、つまりともにしあわせを望むことが、人が組織への帰属感をもつための必須の条件です。</p></blockquote>
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		</item>
		<item>
		<title>ランディ・パウシュ、ジェフリー・ラズロー著『最後の授業』ランダムハウス講談社</title>
		<link>http://books.hapicky.com/archives/29</link>
		<comments>http://books.hapicky.com/archives/29#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 03 Aug 2008 01:31:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hapicky</dc:creator>
				<category><![CDATA[心・生きること]]></category>
		<category><![CDATA[教育]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://books.hapicky.com/?p=29</guid>
		<description><![CDATA[


p.8
親ならだれでも、自分の子供に善悪の分別を教え、自分が大切だと思うことを伝え、人生で訪れる問題にどのように立ち向かうべきかを教えてやりたい。自分が人生で学んだことを話して、子供が人生を歩む道しるべのひとつとしてほしい。
p.45
もうひとつ、父が教えてくれたと思うことがある。子供は何よりも、自分が親に愛されていることを知っていなくてはならない。そして、たとえ親が生きていなくても、子供はそれを知ることができる。
p.85
明日のスキャンの結果が悪かったとしても、生きていることはすばらしくて、今日ここにきみと一緒に生きていることはすばらしいという気持ちを、きみにも知っていてもらいたい。
どんな結果を知らされても、その瞬間に僕が死ぬわけじゃない。翌日も死なないし、その次の日も、その次の日も、まだ死なないだろう。
だから今日は、いまこのときは、とてもすばらしいね。僕がどんなに楽しんでいるか、わかってほしいんだ。
p.130
つまるところ、教育者のいちばんの役割は、学生が内省する手助けをすることだ。
p.131
ジムのトレーニングですばらしいのは、努力をすれば、とてもわかりやすい結果がついてくることだ。そして教師の仕事は、鏡を見たときに筋肉の成長が見えるのと同じように、学生が自分の精神的な成長を理解する方法を教えることだ。
p.138
「きみが賢いのは知っている」と、僕は言った。「でも、ここにいる全員が賢い。賢いだけではだめだ。僕が研究チームに求めるのは、一緒にいるみんなが幸せな気分になることを手助けできる人だ。」
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E6%8E%88%E6%A5%AD-%E3%81%BC%E3%81%8F%E3%81%AE%E5%91%BD%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%86%E3%81%A1%E3%81%AB-DVD%E4%BB%98%E3%81%8D%E7%89%88-%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3-%E3%83%91%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%A5/dp/4270003502%3FSubscriptionId%3D1N9AHEAQ2F6SVD97BE02%26tag%3Dhapicky-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4270003502" target="_blank"><br />
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41QNuNeuKNL._SL160_.jpg" alt="" /><br />
</a></p>
<p>p.8<br />
<blockquote>親ならだれでも、自分の子供に善悪の分別を教え、自分が大切だと思うことを伝え、人生で訪れる問題にどのように立ち向かうべきかを教えてやりたい。自分が人生で学んだことを話して、子供が人生を歩む道しるべのひとつとしてほしい。</p></blockquote>
<p>p.45<br />
<blockquote>もうひとつ、父が教えてくれたと思うことがある。子供は何よりも、自分が親に愛されていることを知っていなくてはならない。そして、たとえ親が生きていなくても、子供はそれを知ることができる。</p></blockquote>
<p>p.85<br />
<blockquote>明日のスキャンの結果が悪かったとしても、生きていることはすばらしくて、今日ここにきみと一緒に生きていることはすばらしいという気持ちを、きみにも知っていてもらいたい。<br />
どんな結果を知らされても、その瞬間に僕が死ぬわけじゃない。翌日も死なないし、その次の日も、その次の日も、まだ死なないだろう。<br />
だから今日は、いまこのときは、とてもすばらしいね。僕がどんなに楽しんでいるか、わかってほしいんだ。</p></blockquote>
<p>p.130<br />
<blockquote>つまるところ、教育者のいちばんの役割は、学生が内省する手助けをすることだ。</p></blockquote>
<p>p.131<br />
<blockquote>ジムのトレーニングですばらしいのは、努力をすれば、とてもわかりやすい結果がついてくることだ。そして教師の仕事は、鏡を見たときに筋肉の成長が見えるのと同じように、学生が自分の精神的な成長を理解する方法を教えることだ。</p></blockquote>
<p>p.138<br />
<blockquote>「きみが賢いのは知っている」と、僕は言った。「でも、ここにいる全員が賢い。賢いだけではだめだ。僕が研究チームに求めるのは、一緒にいるみんなが幸せな気分になることを手助けできる人だ。」</p></blockquote>
]]></content:encoded>
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