<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>抜き書き &#187; 齋藤孝</title>
	<atom:link href="http://books.hapicky.com/archives/tag/%e9%bd%8b%e8%97%a4%e5%ad%9d/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://books.hapicky.com</link>
	<description>読んだ本の抜き書き</description>
	<lastBuildDate>Sat, 13 Feb 2010 06:43:45 +0000</lastBuildDate>
	<generator>http://wordpress.org/?v=2.9.1</generator>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
			<item>
		<title>齋藤孝著『自分を活かす極意』マガジンハウス</title>
		<link>http://books.hapicky.com/archives/71</link>
		<comments>http://books.hapicky.com/archives/71#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 24 Nov 2008 01:40:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hapicky</dc:creator>
				<category><![CDATA[自己啓発]]></category>
		<category><![CDATA[齋藤孝]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://books.hapicky.com/?p=71</guid>
		<description><![CDATA[
p.33
でもこれは実際にやってもらえば実感できると思うけど、やっぱりさっき自分の言った言葉を相手が引用して喋ってくれると、純粋に嬉しいんですよね。ああ、自分の言った言葉が無駄じゃなかった、ちゃんと聞いてもらえた…ってね。それが本来、会話の作法なんじゃないかな。
p.62
私は違うスタイルとスタイルがぶつかり合い、互いに磨き合う社会がいちばん楽しい社会だと思っている。皆が同じような能力を持ち、同じようなスタイルの生き方をするのではなく、それぞれがクセの技化を通したスタイル形成を前面に押し出していけば、社会全体の活力も増し、ストレスも減るにちがいない。
p.65
初心者には、基本を身につけた状態の経験はないわけだから、上級者への信頼が、ねばり強さの支えになる。上級者が実際にやってみせて、初心者との技の熟練度の違いを見せつけることによって、技への初心者の「あこがれ」は高まる。
まずは、「あこがれ」を育て、そして、何が「基本」であるか、必要な「技」は何なのか、をはっきりと認識することが、ねばり強さの基礎になる。「技」を身につけるためには、一〜二万回の反復練習が一つの目安になると言われている。
p.105
このように、まず戦略的に「自分のスタイル」を定めたうえで、必要な技術を逆算してい練習するという「勝利からの逆算法」とも称すべき思考法は、スポーツだけではなく、どんなビジネスの場にも通用する普遍的なものでしょう。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=hapicky-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=4838714319&#038;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;m=amazon&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
<p>p.33<br />
<blockquote>でもこれは実際にやってもらえば実感できると思うけど、やっぱりさっき自分の言った言葉を相手が引用して喋ってくれると、純粋に嬉しいんですよね。ああ、自分の言った言葉が無駄じゃなかった、ちゃんと聞いてもらえた…ってね。それが本来、会話の作法なんじゃないかな。</p></blockquote>
<p>p.62<br />
<blockquote>私は違うスタイルとスタイルがぶつかり合い、互いに磨き合う社会がいちばん楽しい社会だと思っている。皆が同じような能力を持ち、同じようなスタイルの生き方をするのではなく、それぞれがクセの技化を通したスタイル形成を前面に押し出していけば、社会全体の活力も増し、ストレスも減るにちがいない。</p></blockquote>
<p>p.65<br />
<blockquote>初心者には、基本を身につけた状態の経験はないわけだから、上級者への信頼が、ねばり強さの支えになる。上級者が実際にやってみせて、初心者との技の熟練度の違いを見せつけることによって、技への初心者の「あこがれ」は高まる。<br />
まずは、「あこがれ」を育て、そして、何が「基本」であるか、必要な「技」は何なのか、をはっきりと認識することが、ねばり強さの基礎になる。「技」を身につけるためには、一〜二万回の反復練習が一つの目安になると言われている。</p></blockquote>
<p>p.105<br />
<blockquote>このように、まず戦略的に「自分のスタイル」を定めたうえで、必要な技術を逆算してい練習するという「勝利からの逆算法」とも称すべき思考法は、スポーツだけではなく、どんなビジネスの場にも通用する普遍的なものでしょう。</p></blockquote>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://books.hapicky.com/archives/71/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>齋藤孝著『退屈力』文春新書</title>
		<link>http://books.hapicky.com/archives/42</link>
		<comments>http://books.hapicky.com/archives/42#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 26 Sep 2008 10:50:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hapicky</dc:creator>
				<category><![CDATA[心・生きること]]></category>
		<category><![CDATA[教育]]></category>
		<category><![CDATA[齋藤孝]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://books.hapicky.com/?p=42</guid>
		<description><![CDATA[
p.11
消費者は、欲望を常に刺激され続け、自分が買いたいのか買いたくないのかよくわからないうちに消費を続ける。自分の気持ちで買い物をしているつもりでも、じつは自分の欲望そのものが、外からの刺激でコントロールされている状態に陥ってしまっているのだ。
p.15
必要があって、あるいは好きで情報を得ている限り、自分が主導者であり、主体は自分の側に存在する。必要な情報を得るためにインターネット、携帯電話を操作する—これは情報に対して、人間が優位に立っている状態だ。しかし、それがアウト・オブ・コントロールの状態、すなわち情報のほうが優位に立って人間を浸食する状況が現在進行している。
p.21
できるだけ主体的な努力をしないで、安直に刺激を得る方法、それが薬物なのである。逆に言うと、人間はそういう意味では、脳の快感に非常に弱いということを示している。
p.71
明らかに退屈に感じることを我慢するのが「退屈力」なのではない。傍から見れば退屈に見えるようなことの中に、当人が退屈を感じずに喜びを見いだしていく力、それが「退屈力」である。
p.72
最初退屈だったものの中に、自分から意味を見いだして、それを楽しんでしまうということが起こると、それはもはや退屈ではなくなる。そこに、外からすごい刺激が与えられているわけではないというのがポイントだ。だから、「退屈力」とは、新たな外部からの刺激を必要としないあり方。強い刺激を次々に大量に浴びなくても、少しの刺激でも長く楽しめるということなのである。
p.103
「多少とも単調な生活に耐える能力は、幼年時代に獲得されるべきものである。この点で、現代の親たちは大いに責任がある。彼らは子供たちに、ショーだの、おいしい食物だのといった消極的な娯楽をたくさん与えすぎている。」
（バートランド・ラッセル）
p.104
「幼年時代の喜びは、主として、子供が多少の努力と創意工夫によって、自分の環境から引き出すようなものでなければならない。」
（同上）
p.105
「ある少年が娯楽と浪費の生活を送っている場合は、建設的な目的が彼の精神の中で芽生えるのは容易ではない。なぜなら、そういう場合は、考えがつねに次の快楽に向いていて、遠いかなたにある達成に向かわないからだ。」
（同上）
p.153
「なまじ知識があると生の感動が邪魔される」といったもっともらしい言葉を聞くことがある。しかし、私の意見は逆だ。知識があるからこそ感動が生まれるものが圧倒的に多い。本当の価値、すごさ、有難みは、勉強をし、深くその世界を知るほどに増してくる。感動と勉強を対立させて、勉強不要を唱える無責任な論に私は怒りを感じる。
p.164
現在は、なかなか我慢をしきれなくて、最終的な成果のところだけを手に入れたいという人が非常に増えてきた。努力しないで面白くやって、そで結果だけつかむことはできないかと発想する人が増えている。しかしそれでは、退屈さや、ある種のトラブル、困難に立ち向かう心の構えができない。困難に向き合う心が鍛えられないのである。
p.168
人というのは、易しくて、わかりやすい入門的なものから始めて、中ぐらいのレヴェルのものに接し、最後に最高レヴェルのものへ達しようと考えがちだ。
（中略）
もちろんある程度段階を踏む必要はある。しかし、芸術的完成やものの価値を見抜く眼力は、最高のものによって磨かれるとゲーテは言う。いくら中級品に接していても、能力や感性は磨かれない、最高レヴェルのものに接することによてのみ、それは磨かれるのだと。
p.212
一見に退屈に思える作業の果てにつかんだ知的感動は、私にとって人生を支える力となった。「退屈力」は、「つまらないことでもガマンしてやれ」ということではない。「地味な作業を積み重ねることで技をつかめ、本物の感動を手にしろ」ということだ。
最近私が考えていることに通ずる部分が多い著作でした。
著者も指摘しているように、テレビ、ゲーム、インターネットなど、私たちを四六時中刺激してくる媒体で社会はありふれているわけですが、よっぽど気をつけないと自分がとる行動がどんどんとこれらへの「反応」ばかりになってしまう。自分が何を欲しているのか、どう考えているのか踏まえたうえでの行動がどんどんと減っていってしまいそうです。
そういう状況の中、

「反応」ではなく、自分自身で考えたうえでの行動をとっていきたい。
やはり主体的に物事を考えている人を仲間としたい。
社会の中で行動するにあたり、主体的に行動している人を応援するようなことをしていきたい。

なんてことを考えています。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=hapicky-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=416660628X&#038;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;m=amazon&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
<p>p.11<br />
<blockquote>消費者は、欲望を常に刺激され続け、自分が買いたいのか買いたくないのかよくわからないうちに消費を続ける。自分の気持ちで買い物をしているつもりでも、じつは自分の欲望そのものが、外からの刺激でコントロールされている状態に陥ってしまっているのだ。</p></blockquote>
<p>p.15<br />
<blockquote>必要があって、あるいは好きで情報を得ている限り、自分が主導者であり、主体は自分の側に存在する。必要な情報を得るためにインターネット、携帯電話を操作する—これは情報に対して、人間が優位に立っている状態だ。しかし、それがアウト・オブ・コントロールの状態、すなわち情報のほうが優位に立って人間を浸食する状況が現在進行している。</p></blockquote>
<p>p.21<br />
<blockquote>できるだけ主体的な努力をしないで、安直に刺激を得る方法、それが薬物なのである。逆に言うと、人間はそういう意味では、脳の快感に非常に弱いということを示している。</p></blockquote>
<p>p.71<br />
<blockquote>明らかに退屈に感じることを我慢するのが「退屈力」なのではない。傍から見れば退屈に見えるようなことの中に、当人が退屈を感じずに喜びを見いだしていく力、それが「退屈力」である。</p></blockquote>
<p>p.72<br />
<blockquote>最初退屈だったものの中に、自分から意味を見いだして、それを楽しんでしまうということが起こると、それはもはや退屈ではなくなる。そこに、外からすごい刺激が与えられているわけではないというのがポイントだ。だから、「退屈力」とは、新たな外部からの刺激を必要としないあり方。強い刺激を次々に大量に浴びなくても、少しの刺激でも長く楽しめるということなのである。</p></blockquote>
<p>p.103<br />
<blockquote>「多少とも単調な生活に耐える能力は、幼年時代に獲得されるべきものである。この点で、現代の親たちは大いに責任がある。彼らは子供たちに、ショーだの、おいしい食物だのといった消極的な娯楽をたくさん与えすぎている。」<br />
（バートランド・ラッセル）</p></blockquote>
<p>p.104<br />
<blockquote>「幼年時代の喜びは、主として、子供が多少の努力と創意工夫によって、自分の環境から引き出すようなものでなければならない。」<br />
（同上）</p></blockquote>
<p>p.105<br />
<blockquote>「ある少年が娯楽と浪費の生活を送っている場合は、建設的な目的が彼の精神の中で芽生えるのは容易ではない。なぜなら、そういう場合は、考えがつねに次の快楽に向いていて、遠いかなたにある達成に向かわないからだ。」<br />
（同上）</p></blockquote>
<p>p.153<br />
<blockquote>「なまじ知識があると生の感動が邪魔される」といったもっともらしい言葉を聞くことがある。しかし、私の意見は逆だ。知識があるからこそ感動が生まれるものが圧倒的に多い。本当の価値、すごさ、有難みは、勉強をし、深くその世界を知るほどに増してくる。感動と勉強を対立させて、勉強不要を唱える無責任な論に私は怒りを感じる。</p></blockquote>
<p>p.164<br />
<blockquote>現在は、なかなか我慢をしきれなくて、最終的な成果のところだけを手に入れたいという人が非常に増えてきた。努力しないで面白くやって、そで結果だけつかむことはできないかと発想する人が増えている。しかしそれでは、退屈さや、ある種のトラブル、困難に立ち向かう心の構えができない。困難に向き合う心が鍛えられないのである。</p></blockquote>
<p>p.168<br />
<blockquote>人というのは、易しくて、わかりやすい入門的なものから始めて、中ぐらいのレヴェルのものに接し、最後に最高レヴェルのものへ達しようと考えがちだ。<br />
（中略）<br />
もちろんある程度段階を踏む必要はある。しかし、芸術的完成やものの価値を見抜く眼力は、最高のものによって磨かれるとゲーテは言う。いくら中級品に接していても、能力や感性は磨かれない、最高レヴェルのものに接することによてのみ、それは磨かれるのだと。</p></blockquote>
<p>p.212<br />
<blockquote>一見に退屈に思える作業の果てにつかんだ知的感動は、私にとって人生を支える力となった。「退屈力」は、「つまらないことでもガマンしてやれ」ということではない。「地味な作業を積み重ねることで技をつかめ、本物の感動を手にしろ」ということだ。</p></blockquote>
<p>最近私が考えていることに通ずる部分が多い著作でした。<br />
著者も指摘しているように、テレビ、ゲーム、インターネットなど、私たちを四六時中刺激してくる媒体で社会はありふれているわけですが、よっぽど気をつけないと自分がとる行動がどんどんとこれらへの「反応」ばかりになってしまう。自分が何を欲しているのか、どう考えているのか踏まえたうえでの行動がどんどんと減っていってしまいそうです。</p>
<p>そういう状況の中、</p>
<ul>
<li>「反応」ではなく、自分自身で考えたうえでの行動をとっていきたい。</li>
<li>やはり主体的に物事を考えている人を仲間としたい。</li>
<li>社会の中で行動するにあたり、主体的に行動している人を応援するようなことをしていきたい。</li>
</ul>
<p>なんてことを考えています。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://books.hapicky.com/archives/42/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>齋藤孝著『ロングセラーの発想力』ダイヤモンド社</title>
		<link>http://books.hapicky.com/archives/34</link>
		<comments>http://books.hapicky.com/archives/34#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 23 Aug 2008 14:46:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hapicky</dc:creator>
				<category><![CDATA[ビジネス]]></category>
		<category><![CDATA[齋藤孝]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://books.hapicky.com/?p=34</guid>
		<description><![CDATA[
p.3
時代をとらえて次々と新しい商品を世に送り出すことは、もちろんビジネスの要諦である。そこからヒット商品が生まれれば、それに越したことはないだろう。だが、一つの商品がロングセラーとなって長く愛され続けるということも、ビジネスの理想的な姿である。やや大げさに言えば、その商品は社会の”普遍的な価値”を探り当てたことになるからだ。
p.21
消費者にクセをつけさせることができれば、その商品は間違いなく長寿になるのだ。
だとすれば、商品を提供する側には責任が生じる。一度消費者にクセをつけさせた以上、安易にそれを変えてはいけない。たとえ苦しい時期があったとしても、なお待っている人を決して裏切らない。そういう深い倫理観に裏打ちされてこそ、一対一のかけがえのない関係を築けるのである。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=hapicky-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=4478001693&#038;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;m=amazon&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
<p>p.3<br />
<blockquote>時代をとらえて次々と新しい商品を世に送り出すことは、もちろんビジネスの要諦である。そこからヒット商品が生まれれば、それに越したことはないだろう。だが、一つの商品がロングセラーとなって長く愛され続けるということも、ビジネスの理想的な姿である。やや大げさに言えば、その商品は<strong>社会の”普遍的な価値”を探り当てたことになる</strong>からだ。</p></blockquote>
<p>p.21<br />
<blockquote><strong>消費者にクセをつけさせることができれば、その商品は間違いなく長寿になるのだ。</strong><br />
だとすれば、商品を提供する側には責任が生じる。一度消費者にクセをつけさせた以上、安易にそれを変えてはいけない。たとえ苦しい時期があったとしても、なお待っている人を決して裏切らない。そういう深い倫理観に裏打ちされてこそ、一対一のかけがえのない関係を築けるのである。</p></blockquote>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://books.hapicky.com/archives/34/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>齋藤孝/梅田望夫著『私塾のすすめ』ちくま新書</title>
		<link>http://books.hapicky.com/archives/23</link>
		<comments>http://books.hapicky.com/archives/23#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 13 May 2008 16:21:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hapicky</dc:creator>
				<category><![CDATA[インターネット]]></category>
		<category><![CDATA[自己啓発]]></category>
		<category><![CDATA[梅田望夫]]></category>
		<category><![CDATA[齋藤孝]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://books.hapicky.com/archives/23</guid>
		<description><![CDATA[

p.122
三年、五年勤めたら、そこで経験したものが、もう一人の自分としてのアイデンティティになります。そうしたら、勤めた経験が次への自信になるということもあるわけです。そういう意味では、一回もぐってみて、そこで少なくとも、一つアイデンティティを獲得してくる。その期間をある程度自分で設定するというのがコツかなと思います。
（齋藤氏）
p.145
僕が「好きなことを貫く」ということを、最近、確信犯的に言っている理由というのは、「好きなことを貫くと幸せになれる」というような牧歌的な話じゃなくて、そういう競争環境のなかで、自分の指向性というものに意識的にならないと、サバイバルできないのではないかという危機感があって、それを伝えたいと思うからです。
（梅田氏）
p.155
つまり、「読書とは何か」と考えたときに、「知」というものを頭の中に入れ込んで記憶して、それを人に伝えるとかひけらかすとか、どっちが物知りか比べるみたいなことだと、グーグルにどうせ負けてしまう。ある程度の基礎力は必要だけれど、それ以上のところの読書の意味として「心で読む読書」を心がけて、自分の生きる糧として知を使ってほしいです。
（梅田氏）
p.166
「幸福感」というものがもしあるとすると、僕は、「自分のスタイルはこれなんだ」と感じられるというのが、幸福感の大きな要素だと思います。
（齋藤氏）
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html%3FASIN=4480064257%26tag=hapicky-22%26lcode=xm2%26cID=2025%26ccmID=165953%26location=/o/ASIN/4480064257%253FSubscriptionId=1N9AHEAQ2F6SVD97BE02" target="_blank"><br />
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41ePiv8lj3L._SL160_.jpg" alt="" /></a></p>
<p>p.122<br />
<blockquote>三年、五年勤めたら、そこで経験したものが、もう一人の自分としてのアイデンティティになります。そうしたら、勤めた経験が次への自信になるということもあるわけです。そういう意味では、一回もぐってみて、そこで少なくとも、一つアイデンティティを獲得してくる。その期間をある程度自分で設定するというのがコツかなと思います。<br />
（齋藤氏）</p></blockquote>
<p>p.145<br />
<blockquote>僕が「好きなことを貫く」ということを、最近、確信犯的に言っている理由というのは、「好きなことを貫くと幸せになれる」というような牧歌的な話じゃなくて、そういう競争環境のなかで、自分の指向性というものに意識的にならないと、サバイバルできないのではないかという危機感があって、それを伝えたいと思うからです。<br />
（梅田氏）</p></blockquote>
<p>p.155<br />
<blockquote>つまり、「読書とは何か」と考えたときに、「知」というものを頭の中に入れ込んで記憶して、それを人に伝えるとかひけらかすとか、どっちが物知りか比べるみたいなことだと、グーグルにどうせ負けてしまう。ある程度の基礎力は必要だけれど、それ以上のところの読書の意味として「心で読む読書」を心がけて、自分の生きる糧として知を使ってほしいです。<br />
（梅田氏）</p></blockquote>
<p>p.166<br />
<blockquote>「幸福感」というものがもしあるとすると、僕は、「自分のスタイルはこれなんだ」と感じられるというのが、幸福感の大きな要素だと思います。<br />
（齋藤氏）</p></blockquote>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://books.hapicky.com/archives/23/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>齋藤孝著『天才になる瞬間』青春出版社</title>
		<link>http://books.hapicky.com/archives/22</link>
		<comments>http://books.hapicky.com/archives/22#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 11 May 2008 16:17:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hapicky</dc:creator>
				<category><![CDATA[自己啓発]]></category>
		<category><![CDATA[齋藤孝]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://books.hapicky.com/archives/22</guid>
		<description><![CDATA[
p.17
自分の中に蓄積された情報を、自分なりに再編集し、他の人にはマネのできない自分だけのスタイルで”かたち”にする。その方法をつかんだときが、”ブレイクスルー”の瞬間なのです。
p.20
才能には個人差があります。いまから一般の人が、イチローやモーツァルトを目指してみても、残念ながら彼らとは蓄積してきたものに差がありすぎます。いわゆる「器が違う」ということ。
でも、自分の器なりに、器を大きくしていきながら、いずれは周囲から自分を天才と認めさせることは決して不可能ではありません。
p.35
〈創造というのは記憶ですね。自分の経験やいろいろなものを読んで記憶に残っていたものが足がかりになって、何かが創れるんで、無から創造できるはずがない〉
（黒澤明）
p.39
しかし、創造性の源となる”トビウオ”は、情報そのものではなく、情報に伴う脳の働きや心の動きなのです。その気まぐれなトビウオをキャッチできるのは、ありのままを写し取ってしまうハイテク機器よりも、一度自分の脳というフィルターを通して文字に変換されるメモというローテクのノウハウのほうが優れているのです。
p.45
一日に一枚しか書けなくても、一年かければ、三百六十五枚のシナリオが書ける。
（黒澤明）
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html%3FASIN=441309347X%26tag=hapicky-22%26lcode=xm2%26cID=2025%26ccmID=165953%26location=/o/ASIN/441309347X%253FSubscriptionId=1N9AHEAQ2F6SVD97BE02" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51XPDCAVARL._SL160_.jpg" alt="" /></a></p>
<p>p.17<br />
<blockquote>自分の中に蓄積された情報を、自分なりに再編集し、他の人にはマネのできない自分だけのスタイルで”かたち”にする。その方法をつかんだときが、”ブレイクスルー”の瞬間なのです。</p></blockquote>
<p>p.20<br />
<blockquote>才能には個人差があります。いまから一般の人が、イチローやモーツァルトを目指してみても、残念ながら彼らとは蓄積してきたものに差がありすぎます。いわゆる「器が違う」ということ。<br />
でも、自分の器なりに、器を大きくしていきながら、いずれは周囲から自分を天才と認めさせることは決して不可能ではありません。</p></blockquote>
<p>p.35<br />
<blockquote>〈創造というのは記憶ですね。自分の経験やいろいろなものを読んで記憶に残っていたものが足がかりになって、何かが創れるんで、無から創造できるはずがない〉<br />
（黒澤明）</p></blockquote>
<p>p.39<br />
<blockquote>しかし、創造性の源となる”トビウオ”は、情報そのものではなく、情報に伴う脳の働きや心の動きなのです。その気まぐれなトビウオをキャッチできるのは、ありのままを写し取ってしまうハイテク機器よりも、一度自分の脳というフィルターを通して文字に変換されるメモというローテクのノウハウのほうが優れているのです。</p></blockquote>
<p>p.45<br />
<blockquote>一日に一枚しか書けなくても、一年かければ、三百六十五枚のシナリオが書ける。<br />
（黒澤明）</p></blockquote>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://books.hapicky.com/archives/22/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>齋藤孝著『「加速力」で成功をつかめ！』草思社</title>
		<link>http://books.hapicky.com/archives/16</link>
		<comments>http://books.hapicky.com/archives/16#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 04 Apr 2008 14:44:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hapicky</dc:creator>
				<category><![CDATA[自己啓発]]></category>
		<category><![CDATA[齋藤孝]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://books.hapicky.com/archives/16</guid>
		<description><![CDATA[
p.124
禅の世界では、箸の上げ下ろしをはじめ、日常生活の些細なことすべてに非常に細かい決まりを設けている。これは「あらゆることに対し、意識的であれ」という意味だ。すべて意識的におこない、無意識に何かをしてはいけない。
p.152
リーダーの資質とは、突き詰めれば「なんとしてでもやる」という覚悟を見せることだけだ。細かいプラン等はメンバーが考えればいい。絶対に成功する、やり遂げるまでは終わらせないという自信と決意の発露がプロジェクトを引っ張っていく。その覚悟がなければ、プロジェクトは成功しないのである。
p.160
イチローさんは打率よりヒットの本数を目標に掲げる稀有な打者である。打率を気にすると必然的に数字が上下するため、一喜一憂することが増えてくる。そこで彼は、増える一方の本数で勝負するという意識を開発したのである。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html%3FASIN=4794216335%26tag=hapicky-22%26lcode=xm2%26cID=2025%26ccmID=165953%26location=/o/ASIN/4794216335%253FSubscriptionId=1N9AHEAQ2F6SVD97BE02" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/218UkBEW5XL.jpg" alt="" /></a></p>
<p>p.124<br />
<blockquote>禅の世界では、箸の上げ下ろしをはじめ、日常生活の些細なことすべてに非常に細かい決まりを設けている。これは「あらゆることに対し、意識的であれ」という意味だ。<b>すべて意識的におこない、無意識に何かをしてはいけない。</b></p></blockquote>
<p>p.152<br />
<blockquote>リーダーの資質とは、突き詰めれば「なんとしてでもやる」という覚悟を見せることだけだ。細かいプラン等はメンバーが考えればいい。絶対に成功する、やり遂げるまでは終わらせないという自信と決意の発露がプロジェクトを引っ張っていく。その覚悟がなければ、プロジェクトは成功しないのである。</p></blockquote>
<p>p.160<br />
<blockquote>イチローさんは打率よりヒットの本数を目標に掲げる稀有な打者である。打率を気にすると必然的に数字が上下するため、一喜一憂することが増えてくる。そこで彼は、<b>増える一方の本数で勝負する</b>という意識を開発したのである。</p></blockquote>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://books.hapicky.com/archives/16/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>
